真瑠璃の音庭で星々とうたう

*星間吟遊詩人のうたと日日の記録*

未視感と、未来との合一感。

 

このひと月で、

これまでとは異なる感じで、
ずいぶんとエネルギーが
蠢き、動き、先月が思い出せない
くらいです。

 

 

ますます線時間の感覚が

抜け落ちています。

 

 

それほど、刻々とやってくる未来との
合一感がぐんと強まったということかな?と、

 


今朝、

まだ変性意識状態で、この投稿を

書き始めながら

腑に落ちていきました。

 


あと。

 

発見としては、

 

この10年くらいで描いていた
[こうでありたい]というモノが、


意図していたものと、

まったく異なっていた、

とは言いませんが、

 

 

まず、やっておこうとしたことに、

ストレートに手をつけられずに

いたことがわかりました。

 

 

遠回りだったかもしれませんが、

 

いま、ようやく具体的に

そのあたりに取り組めるのだな、と、

今日は落とし込められ続けていました。

 

 

それは、四月から正式に就く

児童発達支援業務を補助する

スクールサポータという形で

叶っていた様です。

 

 

それに関して、

最近、ふと思い出したことがあります。

 

 

時期の詳細は曖昧なのですが、

 

おそらく、初めての就職が決まる前、

自立支援業務への思いがあったことです。

 

(資料まで取り寄せていたのですが、

それは、地元の山手にあります

施設での業務でした。)

 

当時は今ほど、両親にはっきりと

物申せるほどに強さを出していませんでしたので、

色いろあって、申し込みはしませんでした。

 

ですが、その後の音楽、植物、藝術を介した

自然療法方面の探求は、確実に、当時の衝動が

カタチを変えて動き始めていたシルシだったのだと

今ならわかります。

 

 

会社勤めも、結局は、

リストラで早期退職となりました。

 

また、結婚相手の義母が要介護の

高齢者であったこともあり、

結婚前からの大学編入も現実的では無く、

 

せめても、と、関西カウンセリング協会で

心理学を学び始めた様に思います。とはいえ、

あまりにも、古典的な内容で、当時の自身の

ニーズや感覚には窮屈すぎて、中断せざるを

得ませんでした。

 

もちろん、古典も大切でしょうが、

心理学者になることが目的では

ありませんでしたので。

 

 

ただ、確信を持つに至ったのは、

 

これまで、まずは体験を優先し、

感じ考え、取り組んできた一連の

様々なことが、

 

今、おどろくほどに、

すべてが繋がり活かされることです。

 


そこまで具体的な考えがあって

スクールヘルパーへ応募した

わけでもありません。

 

 

ただ、この数年で起こった、

大幅なリリースやサレンダー、で、

スペースを取り戻していたこともあったからか、

 

一時期の様に、あれこれ考える事もなく、

なんとなく家人におしえてもらった

市政だよりの募集にとびこめるだけの

素直さが蘇っていたからこそ、真白な

状態で応募できたのでしょう。

 

 

もっとも避けていた公立での

お仕事なのにです。

 

 

公立、私立、オルタナティブ

というハコに拘っていた頃の

心地を超えたいま、

 

 

どこにいても、この自身の

感覚で生きるだけ。

 

 

聴き、思ったことを共有する。

 

そんなシンプルな感覚は、

やはり、自身の素の立ち位置

なのでしょう。

 

 

 

教育の現場に空いた風穴が、氣付けば、
より大きく開かれていた、というヴィジョン
とともに、子ども達、少年少女達をマナザシ、
傾聴、代弁、通訳として橋渡しを介助の
際に少しでもお手伝い出来ればと思います。

 

 などと、

 

大それたことも、

いまは、いったん降ろす

ことができたんだな、と

実感しています。

 

 

 

エネルギーワークやカウンセリングは、
普段の暮らしの中でも、すでに勝手に

起こっていましたし、それはこれからも。

 

 


セッションルームでの業務から、
外へ飛び出したところで、Live感溢れる
関わりを、

 

魂は望んでいた、と、

ようやく受け止められた氣がします。

 

 

 ただ、

キミノヒカリ、の、Live版が、

核なるところにあるのは、

変わらないのだな、とも思うのです。

 

 

ここだから、ある。

 

から、

 

どこにだって、ある。

 

 

という質感で生きること。

 

 

それぞれの繊細さを

尊重できる世界。

 

 

 

とんでもない、

絵空事と笑われようが、

 

かまいません。

 

 

 

この理想は、

 

少しずつ、

実現しているのも

体験済みです。

 

 

まさか、というところで叶っていて、

もちろん、というところで叶っていなくて、

 

 

驚くことも、

ありました。

 

 

そんな時、

 

 

 

やっていることが、

 

一見、真逆なのに、

 

その精神やコアな部分は、

期せずして同じ様な質感

だったことを超感覚で

受け取り、感動したり。

 

 

見えない世界、見える世界を

再認識する様に、これまで

取り組んできた、一つひとつが、

(あまりに遠回り過ぎて思えましたが、)

 

じつは、なによりも

応援してくれていたの

かもしれない、

 

ふと

そう思えたのです。

 

 

またひとつ、

まるりっと、深呼吸できたことにも

氣がつけたのです。

 

 

春分明けの、

アキラメの蔭には、

 

そんな贈り物が

じっと待っていてくれました。

 

 

 

創造性のタネ。

という、生きるチカラ。

 

それに、マナザシ、

寄り添うこと。

 

 

いかにも、

ハザマに生きる私らしいではないか。

と、書きながら思えます。

 

 

retour・キミノヒカリ

re*mothering

 

学校編、始まります。

密やかに^^

 

 

 

宇宙由来のエッセンスと

地球由来のエッセンスの

ハザマに棲息する鼓動を

 

天界の奏でと、

名付けます。

 

 

そんな奏でとして

生きることを

 

 感謝と、よびます*

 

 

  merci merci

 

 

  300327

 

  

 

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300303 ・3月1日と2日のハザマ(長文)

 

なかなかblog更新が追いつかない、

などと、もはや言い訳も必要ない

のですが^^;

 

 

その理由として、

先日の更新から文字通り、ほぼ連日

予定が入るという状態がありました。

 

 

また、その毎日の濃ゆさに、感謝を

刻みたいのに、これまた感覚的言語

がひしめき、なかなか共有できる

状況ではありませんでした^^;

 

 

まさに、嬉しい悲鳴です☆

 

 

そして、折に触れ、かなり深い部分の

チューニングとなるタイミングが

何度となくありました。

 

 

より正確にいうと、

 

トドメの様に

ただただ真ん中に、

とっても適切なチューニングが

為された、ということです^^;

 

 

 

 

これまで、

人間心理の機微へ、極端に馴染まず、

言ノ葉の定義、使い様でも、結構な確率で

認識の差異が起こっていたことに氣付く

こともできました。

 

 

基本のキ、とも言える自尊感情

相手主体のものとなっていたなんて。

 

今更お恥ずかしいこと、、、などと

落ち込んでいるどころではありません。

生命がけであります^^;

 

 

お蔭様と言っていいのかどうか、

ですが、

 

確信を持って

自身の言葉として言えるのは、

 

「そもそもが逆転していると、

何にも成り得ません」

ということです。

 

 

自身の傷や痛みに氣付き切れ無かったのは、

(・・・いや、私が見直す部分だ・・・)と、

行き過ぎた内省の結果です。

 

でも、期せずして、人生かけて実証するに

至りました。

 

 

とはいえ、

 

これは主に、自身の人間層で

起こっていた様です。

 

救いだったのが、

意識は、ほとんどブレもズレも

起こっていなかったそうです^^;

(BY Space Operaさん)

 

 

この辺りが、驚くほどスッキリしたお蔭で、

揺らぎない安心感が、顕在意識とも繋がった

感じです。

 

そして、行動を変えることとして、

まずやったことは、

 

不健康な友情に距離を置くこと^^

 

いっきに楽になっていくのを

実感していました*

 

 

実は、その前に久しぶりに声を合わせる

機会がありました。

 

そこでは、さらにエネルギーがハマった

様です。それは、現在お世話になっています

NLPのトレーナーのご縁で参加しました倍音

声明の会です。

 

何度となく、トーニングや、倍音声明の

様な場には参加してきましたが、数年を

経て、体験しました響きには、まったく

新しい音色がありました。高いものから

低いものまで。鈴、笙、鐘、民族楽器の

倍音が溢れ出し、まさにキラキラでした。

 

もちろん、

同じ体験は、二度とはありませんが、

 

 

自身が音中心に働く氣質であった為、

その響き合いでは、思っていた以上に、

上記の様な人間層のズレが調整された

様です。

 

 

また、それと同じ様に、自身のスピリ

チュアリティ、サイキックな側面を徐々

にですが、素直に出せる様になりました。

 

と言っても、わざわざ出すことなどしま

せんが、これまでは、あまりに、表に出

す人をみると、ひいてしまって、言葉を

飲み込み過ぎていた部分がありましたの

で、それを止めることをしなくなった、

という意味です^^

 

 

もともと、超感覚、サイキックの素地は、

すべての人にある潜在的性質ですから。

特別なことでもないのです。

今は、そういうことも浸透してきたと思いますが^^

 

 

おそらく、

自身はもともと、結構開いている性質

だった様で、逆に友人からスピリチュ

アル系の情報を読んだり聞くことで、

自身には備わっていなくて、得ないと

いけない、と勘違いする経験もありま

した;;;

 

後から、そんな自身の傾向を知るので

すが。当初はもっと早く知りたかった、

と思うこともありました。

 

今となっては、自身で自覚するプロセ

スで良かったと思います。

 

「だって、そうやって仕組んでたのは

自分だよね?」という意味を込めて、

自作自演ね、と言う表現を、ある時期、

よく耳に目にしましたね^^;

 

見えない世界に関しては、ブームの様な

ことがあって、無意識、無自覚の時期も

含め、ずっとそこにいる者としては、

より言葉に氣をつかうということになって、

肩身の狭い思いをした時期もありました。

 

その辺りの思いも、今回のリリースで

(ま、いいっかな)と、いっきに思え

たのです^^☆

 

 

その倍音声明での体験で、音が、自覚

以上にもっともっと影響を受けていたり、

自身の取り組みで活かす点であると

示してくださったインド占星術をされる

方の言葉にも、出会い、より寛いでいた

背景を知ることが出来たのです。

 

渡印もされながら、研究されている、その

方には、実は、この大きな動きの予兆にも

出会っていました。それは、自身の根本的な

勘違いの臨界点の寸前に当たります。

 

ですので、根こそぎチューニングの予兆から、

その後の浸透中まで、あるCoreなサイクルを

まるりっとチェックして頂けていた感じで、

日々の心地が確実に変わっています。

 

 

その中心で、肝心要な勘違いに氣付かせて

くださったSpace Operaのnamiさんには

感謝の言葉が追いつきません。。。

そして、それはyukiさんがnamiさんの記事を

シェアしてくださっていたから。。。

 

 

受けるつもりもなく、

受ける流れになったNLPと、

じゅんこトレーナーを

勧めてくださった西山さん。

 

じゅんこトレーナーが

繋いでくださった倍音声明。

 

あの倍音声明をファシリテートくださった

金蔵院先生。

 

昨年秋の案件をすっきり消化し、

創作の協力、相乗効果の機会を提案してくれる

愛ちゃん。

 

表現、創作を人前で発表する機会を

提供くださる、みずうみのゆみさん、

ケーぱんさん、集うみなさま、

 

 

すべては、その時のタイミングだったのですが、

そのご縁が、ここまでのターニングポイントで

見事に見えないタグを組まれたサポートを頂く

流れだったとは思いもしませんでした;;;;

 

もちろん、すべてを書くことはできませんが、

 

本当に、感謝改るばかりです☆

 

 

自身のタネが、ようやくようやく安心して

寛ぎの中で萌芽の機会に恵まれたのを実感しています。

 

言葉ですべてを表現できはしませんが、

どうしても書き置きたくて、記すことに

しました。

 

 

3/2、すっかりエネルギーが変わり、

迎えた3/3は、3という数字に縁が深い

者として、ここしばらくのことが、

より浸透しつつ、新たな動きが始まっ

ていました。

 

 

今、流れていこうとするエネルギーを

ただ素直に、表すことから、また日日、

生きます^^

 

 

 ありがとうございます*

 

 300303-04

 

 

 

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【差し替え版】スパイラル暮らし。

 

昨年末、年明けから、

意図にフォーカスした記事をまとめようとして、

結果的に、blogの数が増えました。

 

一つのblogにカテゴリーを複数置くこと、

テーマごとにblogを置くこと、

それは好みなんだろうと思います。

 

でも、今、作っておいたらいいな、と

思い始めたのが、ポートフォリオです。

 

 

昔、多分それに相当する様なものを

作ろうとしていましたが、

 

デザインが浮かんでも、

WEB技術が追い付かず、

とん挫していました。

 

 

今、何事もシンプルを心がけていますので、

こういったサイトも、その様に、と思います。

 

でも、姿を現そうとする側面と、

ひっそりとやっていたい側面がありますので、

そこは心地よくあろうと思います^^

 

 

いずれにせよ、タブレットが充実するに従い、

PCも姿を消しつつある世界もある様です。

押えるところは押さえて、軽やかに行きます◎

 

 

 

++++++

 

 

 

タイトルに、スパイラル、と掲げました。

 

図案としても好きです。

 

そして、自身の動きを観察してみても、

スパイラルを描く様に、いくつかの

共通するポイントはインタバルを置きつつ、

定点観測する様に押さえながら、

人生そのものが旅です。

 

あ。それは誰もがそうかな、

とも思っています^^

 

 

 

今日は、ふと、そんな感触を覚える様な

集まりに参加してきました。

 

 

西宮にある、ゴカンシャさんというスペースで、

エディブル・フォレスト・ガーデン

というキーワードをもとにしたお話会でした。

 

それぞれ、生きよくて、地域の生まれ変わりを

思い描きながら、実践しつつ、試行錯誤される

みなさんと出会いました。

 

中でも印象的だったのが、何かしら、

藝術的な側面が開いた方がいらっしゃった

ということです。そして、クリエータ

的な働きをされる方。

 

 

風通しの良い、コミュニティとなる予感を胸に

あたたかな氣持ちで、帰ってきました。

 

 

星の運行に、全てを任せるわけではありませんが、

通常のネイタルでも、歳差を加味したものでも、

自身には、コミュニティ、家庭的な集う場を持つ、

子ども、インナーチャイルド、等がキーワードです。

そして、藝術、創作、表現、深層心理、カウンセリング等

 

 

もう随分経ちますが、ある時期、深く関わっていた

吹田のモモの家も、そいう流れでの出会いでした。

 

家でも無く、常識社会でも無く、安心して素顔になれる場、

なんと無く氣になる、おもしろい場。

 

そして、そこで素顔になれたら、

今度は、その素顔で社会でも生きていく

 

そういう、生まれ変わり引き出し、アラワレの場を

準備する中で、また、新たな気持ちで、こういう集まりにも

顔を出せる様になってきました。

 

 

そして、また少し関連することとして、

市立小中校にある特別支援学級他のヘルパーにも応募しました。

家人が、市政だよりで見つけて教えてくれたのです。

 

選考は週末です。採用になっても、ならなくても、なかなか無い

機会ですし、キミノヒカリのお届けは、こういう多様性にも

対応した場としてもイメージしています。

 

 

こういう流れと、これからの新たな時代の

始まりも見据えながらの日日です。

 

 

+++++

 

 

最近、

これまで開けてこなかった扉を開けて見ました。

 

形は、書籍。著者は、落合陽一さん。

 

落合さんの視点に、 

まるっきり、頷いていた、

というのではありませんが、

 

現場から、

少し上昇螺旋を描く機会として、

 

 

落合陽一さんの視点や言葉には、

とてもインスピレーションを

促されます。

 

 

+++++

 

 

これまでの教育も、

しっかり俯瞰するなら、否定はしません。

 

国による教育改革が進むことも、

内容によれば、嬉しいですが、

 

 

実質的には、

各自が取り組んでいくことの方が、

現実的だと思えます。

 

 

ですので、

 

自ずと、

 

各家庭、地域、つながりの中で、

より本質的なモノへ。という

流れが本能的に興るのでしょう。

 

 

もっと言えば、

家庭レベル、有志レベルでは

随分前から、すでにありました。

 

ただ、今ほど手軽で、かつ氣軽にやりとり

出来る環境とは言えませんでしたので、

 

先輩の意見をサイトで拝見し、

自分なりの試行錯誤する感じでした。

 

横のネットワークが今ほど

発達していなかったことと、

 

個人の発信が、今ほど

手軽で無かったこと。

 

だから、余計に、

 

 

この春、大学2年になる長男が

小学校低学年の頃に不登校期にあったことが、

ちょっと、心配される様な出来事に映りました。

 

でも、実際に一つ一つ、その当時、教育の実際や、

そもそも義務教育って?と調べるうちに、

 

そんな枠を飛び越え、すでに活躍を始める

何人もの先輩が、元氣に笑っている世界に

出会ったのです。

 

  

ただ、

その時、時代のこともあったのか、

 

彼らを見ながら、必要かな?と思ったのは、

 

彼らが、別に特殊では無いんだよ?

って、いう大人たちが、増え、

 

成熟した環境となることでした。

 

 

 

それから十余年。

 

状況は、随分と軽やかに、自由度が

増して思えます^^

 

 

 

それでも、まだ、

本当は抜けたいのに、その枠を大事に

しないといけない、と思ってられる方へ、

 

 

こちらでも、 

先駆けとして始めている、

 

エナジーリーデイングxアートワーク

retour・キミノヒカリは、お届けできればと

思っております。

 

  

retour-kiminohikari.hatenablog.com

 

 

   よき春を^^

 

    merci merci

 

 

 

 

【替わり】という幻想。

 

【替わりがきく】という幻想が、

今朝方の夢にあった通奏低音です。

 

 

+++++

 

  

替わりがきかない、ということ。

 

それは、

 

もちろん、それぞれの状況や位置で、

真実であると同時に、

真実では無いでしょう。

 

 

久しぶりに夢記録を書いているのですが、

タイトルにした視点は、判りやすいシン

ボルから受け取ったものです。

 

それは、いち枚の紙でした。

 

 

その夢の場所は、長男が在籍する

中学か高校の教室です。

 

担任の先生らしき方はいましたが、

生徒中心に、何かの決め事をして

いる様でした。座っていたり、立っ

ていたり、一見、自由な風景でした。

 

私は用事で教室に居て、親として

存在していました。

 

少しして、なんと無くヤンチャに

映る男子が、急に大きな声でクラ

スの注意を引くのです。

 

その男子の手には、ゆらり揺れる、

いち枚の紙。

 

それは、長男と誰かがようやく書き上げた

記事を二段組に仕上げた原稿の様です。

 

 

彼は、それをビリビリと破る真似を

すると見せかけ、本当に破ってしまう

のです。

 

それを見て居た私は、思わず席を立ち

ました。そして、意を決してその生徒

に歩み寄り、糾弾するはずでした。

 

でも、その少年(青年の入り口)の

目の前に行くと、余りにも切なさや

悲しみ、憤り、やるせなさ、などが

一挙にないまぜとなった感覚に襲わ

れるのでした。

 

それは、私の、というより、彼が纏っていた

感情帯へ入った影響の様でした。どうしてか

というと、その時の私が、驚くほど冷静だっ

たからです。

 

そして、私が咄嗟にとった行動は、

その時の彼の行動により、私がとても

困ったこと、そして、その場に対して、

私がどういう認識を持っているのか

を伝えていました。

 

そして、感情については極めて冷静に

分析したものを伝えていたのです。

 

「この原稿の替わりは無いんです」

「思いがあって、書いたんです」

「貼り合わせてコピーを取ったって、

 それはもう、まったく別モノなんです」

「これは最後の作品なのです」

「このことを今、とても悲しんでいます」

 

という具合です。

 

すると、その男子生徒は、徐々に落ち

着きを見せたかと思うと、だんだん

相好を崩します。

 

その瞬間、私はたまたま彼が黒板に走り書き

されたと思われる言葉から彼の深層を察知し

ます。それは余りにストレスフルで、もう

永きに渡って、切れたがっていた堰が、何か

キッカケを求めていたのかも知れない。

そこで、とても冷静に観察をしていました。

 

氣がつくと、私はその生徒の両肩に

手を置き、ただ、そうだったんだね、

と思いながら彼を見つめました。

 

突然響き渡る慟哭。迸る泪。

 

咄嗟に、その生徒をハグしていました。

泣けずの泪、そんなに溜まってたんだね。と。

 

そこで、一旦、夢は終わります。

 

専門的な夢の解釈は心得ませんが、

これを受け、意識を向けるように

促されていると感じた点は以下です。

 

 

・いち枚に書きつけられた、ある時期の

 長男の(最後の)思いを大切にしたい。

 

 ある時期、しっかりと見つめられなかったことがあり、

 その無念からでしょう。もちろん長男に限らず、私自身

 もそうでしょうし、思い(タネ)が思う様に開花するの

 が足止めになっているすべての子ども、内なる子どもへの

 サポートの決心をさらに深めること。

 

 

・自分の氣持ちを表すこともするけれど、

 本格的に、真の意味で受け取める時期に

 いるんだ、ということ。

 

 

子ども達は、常に、何かしらでサイン

 出している。潜在的にはそれを読み

 取る人がいるけれど、いよいよ急ぎで

 求められている。

 

 

・すでに、新しいエナジーの世界に移行

 する中(予定が遅れているのか)未だ

 旧態然とした意識の保護的立場の人に

 囲まれている子の橋渡し。彼らが、見

 つけられる様な何かしらの灯台となる。

 

 

他にも諸々あったのですが、

主なものは、この 四点

 

これらは何も新しい内容は無くて、ただ

私自身がようやく動いていいタイミング

と感じられたのだと思います。

 

だからと言って、これまでの感覚で取り組むのとは

異なる質感だけでは無くなるかもしれません。

 

 

もしかすると、こちらが氣付かない間に、

そうなっていくのかもしれません。

 

例えば、なに氣に、すれ違っていたり、

街で隣合ったりしたことで、何か科学

反応が起こっているかもしれません。

 

場合によっては、こういう思いが、見えない

ネットーワークで、キャッチしてもらえるかも

しれません。

 

 

kin1 らしい夢でした*

 

 

+++++

 

  

長くなりましたので、タイトルに書いた、

替わりという幻想、については別の記事

に書くことにします*

 

 

 merci merci

 

 

 

 

立春を前に。最後の参観と回想と、これから。

 

 もうすぐ立春ですね。

 

 その日から、別ブログでご案内中の

 *retour・キミノヒカリ*の受付を

 始めます。

 

 ご興味湧かれましたら、お立ち寄り

 くださいませ^^

 

retour-kiminohikari.hatenablog.com

 

 

+++++

 

 

 新しい季節を前に行われた最後の発表会。

 自主的に創り上げた合唱、合奏は、どれも

 各クラスの特色とともに、一生懸命、うた

 い奏でられました^^

 

   娘のクラスは3組。先生が選ばれた合唱曲

 は、ちょっと明るく動きのある曲調で、始

 めは、卒業音楽発表会的には思えませんで

 したが、タイムラインや、輪廻、畳み込ま

 れた遺伝子情報的な質感もあり、すでに動

 き出している未来を思わせる様な詩で、私

 はひとり、少し異なる点で感動し目には水

 も流れておりました;

 

 楽しく、旗を掲げて先行く様な氣質は担任

 の先生にも感じられるもので、しかも、3

 のつくクラスです。そして、子ども達の生

 まれは、2005-2006。7と8の年の子達。

 娘は8(トータルで観ると、6なのですが)

 結構、クラスで引っ張っていた子は、氣の

 せいか、8の子だった様な。

 

 

+++++

 

 

 これまでの、まだまだ新鮮な生命の躍動へ

 感動し、迸った泪とは異なりました。

 

 すでに氣持ちは卒業後へ向いている子ども

 もいるでしょうし、それぞれ、何かしらの

 一山超えた様な雰囲氣が漂い、先生の万感

 もあるのか、

 

 聴いていて、こちらも、もう新たな心持ち

 で居りました。

 

 

 私自身の状態の変化も、

 もちろん関係していますが。

 

 

 これで、我が家での小学校という空氣は、

 終了するというのもあります。

 

 

 あらゆる意味で、この国の、永きにわたる過

 渡期の最終期の入り口で末娘は卒業します。

 

 義務教育では、ようやく、ようやく自主性を

 尊重したという意味での、能動面を活かした

 授業形態を今年から全国的に意図されるとも

 聞きました。代表的なものは、いわゆるAT 

 (アクティヴ・ラーニング)でしょうか。

 

 もちろん、早くから取り組んでられる機関は

 多くあられると思います。公立以外では余計

 に。学ぶ、というより、先生のお話を聴く、

 というより、どんどんヒラク時間となれば、

 と思うばかりです。

 

 ヒラカレましたら、あとは迸ります。

 

 でも、そうもいけない状態になっている場合

 も、きっかけとして、小さな引き出される機

 会があれば。。。

 

 そんな氣持ちから微力ながら、キミノヒカリ

 を入り口として、いくつかの案が湧き、動き

 始めているわけなのですが^^

 

 でも、踏み出せたのは、なんとかしなきゃ、

 では無く、それが喜びなんだな、と、ようや

 く氣付いたからです*

 

 お子さんを囲む、いくつものホログラムが、

 より楽に、軽やかに響き合う風景が、いつ

 もヴィジョンとしてあります。

 

 必要な方へ届け♪

 

 

 +++++

 

 

 公立学校で、こういった内容をなかなか取り

 込めなかったのは、やはり、手間がかかるか

 らでしょう。

 

 でも、そのもっと深い原因は多様性に対応で

 きる様な教育を戦後してこなかったからだろ

 う、とは、素人でも想像できます。

 

 ただ、こういう根本的なところから舵を取り

 直す際は、何事も、徐々に徐々に、氣がつい

 たらそうなっていた、というくらいのテンポ

 が着実なので、それぞれの世代で橋渡すとい

 うことも必要だったのですね。

 

 親の立場からだと、三人分。本当に色いろと

 ありましたが、その小学生活も、あと一月半

 で、親子ともども卒業です。

 

 この時期でしか開かなかった、いくつもの門。

 

 氣がいつも早めですが、

 また、新たなヒトトキへ参ります。

 

 

 merci

 

 

 

 

聴くということ。

結局、

 

やっているコアは、
何歳になっても変わりません。

 

確信はどこまでも深まります。

 

子ども時代から、

 

話したくても、

氣がつけば、

聴き役になっていました。

 

時には(…それ、そこまで私に
話して差し支えないのですか??)
と、逆に氣を遣う場面も度々。

 

中には、元国会議員の類の方の

極めて個人的な独り言みたいなことまで。

 

ある時期、定期的に受けていた

カウンセリングでは、

私が聴き役になるという展開も。

 

 

今思えば、

 

それは何も、私の遠慮などの類ではなく、


すでに実習、実践だったのだ、と、
自覚も深まり続けます。

 

でも、おしゃべりも好きです。

 

 

ところが、

その聴き手としてみると、

子ども達の父は、まったく、

適任ではありませんでした。

 

そこである時、いっさいの意図も無く、

私は、彼の思考形態に沿った質問を

投げかける様になっていたのです。

 

その瞬間を境に、文字通り嘘の様に、

私からの質問や、投げかけに対し、

彼から返事がすっとやってくる様になったのです。

 

 

その一瞬に、ふっと浮かんだのは、

 

どう聞けば、

この人からの意見を聴けるのだろうか?

 

ということでした。

 

 

後々に知ったのですが、

 

この発想というのか、方法は、

カウンセリングの実践の場でも

活用されているものと、とても

近しいことだったと聴く機会が

あったのです。

 

特に学んでいなくても、

自身がそういう発想をするということは、

その方面に適した資質があるということ

なのかもしれない、と、ようやく受け

容れることにしたのです。

 

それもあり、これからお届けする内容の素地として、

結果的カウンセリング要素も入っていくとは思って

いましたが、より自覚的にカウンセリングに対して

洗練、深化しつつ、プレ期間も充実を意図して臨みます。

 

 

この辺りをしっかりと記述するのは、

学生時代、進路を選ぶ際に、諦めや、

挫折感を何重にも味わったりしたからか、

喜びも深いからです。

 

また、当時の私にとって、進路決定する際、

意思を通すには、人自体や、反対意見への

耐性が激しく未熟だったことで悔やむ

経験も大きく位置を占めるものでした。

 

そのプロセスを経て、「ようやく!」

という感覚が強いのがよくわかります。

 

 

進路というテーマで書く機会には、

詳細も、昇華を兼ねて触れることにします。

 

 

 merci merci

 

   301024

 

 

 

 

創造性との再会(仮)を開設して

 

今日の日付に変わる頃、

 

いまのエネルギーで

 

キミノヒカリに、

新しいミチをつけるのが

いいかな、と、

 

急遽、専用のブログを

開設していました。

 

その時、

PCのデジタル表示に

 

123123と見えた気がして、

ええ??とみなおしたら、

 

1/23  01:23

 

でした。

 

今日はひふみ、

一二三、の日。

 

 

2018.01.23

 

もう嵐の様な

展開に、

 

これまで体験の無い、

徹底的なサレンダーの日

だったようです。

 

アートの側面、

retour・キミノヒカリ

 

とともに、

原点回帰を果たしたのは、

 

ブランク明けに、

カウンセリングの側面を

おさらいすることが、

さらに深化することになったこと。

 

 

 

コンテンツの

渋滞を緩和がされる様です。

 

 

祝福や、恵みは、

循環するものですが、

 

アウトプットは、

作品だけでなく、

 

ある方を通して、

 

もっとお伝えしていくこと

あるんじゃないですか、

という、うながしでした。。

 

 

(ここからは追記)

     ↓

 

まあ、

その流れはすでにあって、

今回動き始めていたので、

 

やぶさかでは

ありませんでした。正直。

 

そして、

これまでも、何度も

言われてきたことでもあります。

 

(追記、ここまで。)

 

 

 

 

謹んで

 

お受けしました、

 

よろしくお願い申し上げます。

 

 

merci