真瑠璃の音庭で星々とうたう

*星間吟遊詩人のうたと日日の記録*

【替わり】という幻想。

 

【替わりがきく】という幻想が、

今朝方の夢にあった通奏低音です。

 

 

+++++

 

  

替わりがきかない、ということ。

 

それは、

 

もちろん、それぞれの状況や位置で、

真実であると同時に、

真実では無いでしょう。

 

 

久しぶりに夢記録を書いているのですが、

タイトルにした視点は、判りやすいシン

ボルから受け取ったものです。

 

それは、いち枚の紙でした。

 

 

その夢の場所は、長男が在籍する

中学か高校の教室です。

 

担任の先生らしき方はいましたが、

生徒中心に、何かの決め事をして

いる様でした。座っていたり、立っ

ていたり、一見、自由な風景でした。

 

私は用事で教室に居て、親として

存在していました。

 

少しして、なんと無くヤンチャに

映る男子が、急に大きな声でクラ

スの注意を引くのです。

 

その男子の手には、ゆらり揺れる、

いち枚の紙。

 

それは、長男と誰かがようやく書き上げた

記事を二段組に仕上げた原稿の様です。

 

 

彼は、それをビリビリと破る真似を

すると見せかけ、本当に破ってしまう

のです。

 

それを見て居た私は、思わず席を立ち

ました。そして、意を決してその生徒

に歩み寄り、糾弾するはずでした。

 

でも、その少年(青年の入り口)の

目の前に行くと、余りにも切なさや

悲しみ、憤り、やるせなさ、などが

一挙にないまぜとなった感覚に襲わ

れるのでした。

 

それは、私の、というより、彼が纏っていた

感情帯へ入った影響の様でした。どうしてか

というと、その時の私が、驚くほど冷静だっ

たからです。

 

そして、私が咄嗟にとった行動は、

その時の彼の行動により、私がとても

困ったこと、そして、その場に対して、

私がどういう認識を持っているのか

を伝えていました。

 

そして、感情については極めて冷静に

分析したものを伝えていたのです。

 

「この原稿の替わりは無いんです」

「思いがあって、書いたんです」

「貼り合わせてコピーを取ったって、

 それはもう、まったく別モノなんです」

「これは最後の作品なのです」

「このことを今、とても悲しんでいます」

 

という具合です。

 

すると、その男子生徒は、徐々に落ち

着きを見せたかと思うと、だんだん

相好を崩します。

 

その瞬間、私はたまたま彼が黒板に走り書き

されたと思われる言葉から彼の深層を察知し

ます。それは余りにストレスフルで、もう

永きに渡って、切れたがっていた堰が、何か

キッカケを求めていたのかも知れない。

そこで、とても冷静に観察をしていました。

 

氣がつくと、私はその生徒の両肩に

手を置き、ただ、そうだったんだね、

と思いながら彼を見つめました。

 

突然響き渡る慟哭。迸る泪。

 

咄嗟に、その生徒をハグしていました。

泣けずの泪、そんなに溜まってたんだね。と。

 

そこで、一旦、夢は終わります。

 

専門的な夢の解釈は心得ませんが、

これを受け、意識を向けるように

促されていると感じた点は以下です。

 

 

・いち枚に書きつけられた、ある時期の

 長男の(最後の)思いを大切にしたい。

 

 ある時期、しっかりと見つめられなかったことがあり、

 その無念からでしょう。もちろん長男に限らず、私自身

 もそうでしょうし、思い(タネ)が思う様に開花するの

 が足止めになっているすべての子ども、内なる子どもへの

 サポートの決心をさらに深めること。

 

 

・自分の氣持ちを表すこともするけれど、

 本格的に、真の意味で受け取める時期に

 いるんだ、ということ。

 

 

子ども達は、常に、何かしらでサイン

 出している。潜在的にはそれを読み

 取る人がいるけれど、いよいよ急ぎで

 求められている。

 

 

・すでに、新しいエナジーの世界に移行

 する中(予定が遅れているのか)未だ

 旧態然とした意識の保護的立場の人に

 囲まれている子の橋渡し。彼らが、見

 つけられる様な何かしらの灯台となる。

 

 

他にも諸々あったのですが、

主なものは、この 四点

 

これらは何も新しい内容は無くて、ただ

私自身がようやく動いていいタイミング

と感じられたのだと思います。

 

だからと言って、これまでの感覚で取り組むのとは

異なる質感だけでは無くなるかもしれません。

 

 

もしかすると、こちらが氣付かない間に、

そうなっていくのかもしれません。

 

例えば、なに氣に、すれ違っていたり、

街で隣合ったりしたことで、何か科学

反応が起こっているかもしれません。

 

場合によっては、こういう思いが、見えない

ネットーワークで、キャッチしてもらえるかも

しれません。

 

 

kin1 らしい夢でした*

 

 

+++++

 

  

長くなりましたので、タイトルに書いた、

替わりという幻想、については別の記事

に書くことにします*

 

 

 merci merci

 

 

 

 

立春を前に。最後の参観と回想と、これから。

 

 もうすぐ立春ですね。

 

 その日から、別ブログでご案内中の

 *retour・キミノヒカリ*の受付を

 始めます。

 

 ご興味湧かれましたら、お立ち寄り

 くださいませ^^

 

retour-kiminohikari.hatenablog.com

 

 

+++++

 

 

 新しい季節を前に行われた最後の発表会。

 自主的に創り上げた合唱、合奏は、どれも

 各クラスの特色とともに、一生懸命、うた

 い奏でられました^^

 

   娘のクラスは3組。先生が選ばれた合唱曲

 は、ちょっと明るく動きのある曲調で、始

 めは、卒業音楽発表会的には思えませんで

 したが、タイムラインや、輪廻、畳み込ま

 れた遺伝子情報的な質感もあり、すでに動

 き出している未来を思わせる様な詩で、私

 はひとり、少し異なる点で感動し目には水

 も流れておりました;

 

 楽しく、旗を掲げて先行く様な氣質は担任

 の先生にも感じられるもので、しかも、3

 のつくクラスです。そして、子ども達の生

 まれは、2005-2006。7と8の年の子達。

 娘は8(トータルで観ると、6なのですが)

 結構、クラスで引っ張っていた子は、氣の

 せいか、8の子だった様な。

 

 

+++++

 

 

 これまでの、まだまだ新鮮な生命の躍動へ

 感動し、迸った泪とは異なりました。

 

 すでに氣持ちは卒業後へ向いている子ども

 もいるでしょうし、それぞれ、何かしらの

 一山超えた様な雰囲氣が漂い、先生の万感

 もあるのか、

 

 聴いていて、こちらも、もう新たな心持ち

 で居りました。

 

 

 私自身の状態の変化も、

 もちろん関係していますが。

 

 

 これで、我が家での小学校という空氣は、

 終了するというのもあります。

 

 

 あらゆる意味で、この国の、永きにわたる過

 渡期の最終期の入り口で末娘は卒業します。

 

 義務教育では、ようやく、ようやく自主性を

 尊重したという意味での、能動面を活かした

 授業形態を今年から全国的に意図されるとも

 聞きました。代表的なものは、いわゆるAT 

 (アクティヴ・ラーニング)でしょうか。

 

 もちろん、早くから取り組んでられる機関は

 多くあられると思います。公立以外では余計

 に。学ぶ、というより、先生のお話を聴く、

 というより、どんどんヒラク時間となれば、

 と思うばかりです。

 

 ヒラカレましたら、あとは迸ります。

 

 でも、そうもいけない状態になっている場合

 も、きっかけとして、小さな引き出される機

 会があれば。。。

 

 そんな氣持ちから微力ながら、キミノヒカリ

 を入り口として、いくつかの案が湧き、動き

 始めているわけなのですが^^

 

 でも、踏み出せたのは、なんとかしなきゃ、

 では無く、それが喜びなんだな、と、ようや

 く氣付いたからです*

 

 お子さんを囲む、いくつものホログラムが、

 より楽に、軽やかに響き合う風景が、いつ

 もヴィジョンとしてあります。

 

 必要な方へ届け♪

 

 

 +++++

 

 

 公立学校で、こういった内容をなかなか取り

 込めなかったのは、やはり、手間がかかるか

 らでしょう。

 

 でも、そのもっと深い原因は多様性に対応で

 きる様な教育を戦後してこなかったからだろ

 う、とは、素人でも想像できます。

 

 ただ、こういう根本的なところから舵を取り

 直す際は、何事も、徐々に徐々に、氣がつい

 たらそうなっていた、というくらいのテンポ

 が着実なので、それぞれの世代で橋渡すとい

 うことも必要だったのですね。

 

 親の立場からだと、三人分。本当に色いろと

 ありましたが、その小学生活も、あと一月半

 で、親子ともども卒業です。

 

 この時期でしか開かなかった、いくつもの門。

 

 氣がいつも早めですが、

 また、新たなヒトトキへ参ります。

 

 

 merci

 

 

 

 

聴くということ。

結局、

 

やっているコアは、
何歳になっても変わりません。

 

確信はどこまでも深まります。

 

子ども時代から、

 

話したくても、

氣がつけば、

聴き役になっていました。

 

時には(…それ、そこまで私に
話して差し支えないのですか??)
と、逆に氣を遣う場面も度々。

 

中には、元国会議員の類の方の

極めて個人的な独り言みたいなことまで。

 

ある時期、定期的に受けていた

カウンセリングでは、

私が聴き役になるという展開も。

 

 

今思えば、

 

それは何も、私の遠慮などの類ではなく、


すでに実習、実践だったのだ、と、
自覚も深まり続けます。

 

でも、おしゃべりも好きです。

 

 

ところが、

その聴き手としてみると、

子ども達の父は、まったく、

適任ではありませんでした。

 

そこである時、いっさいの意図も無く、

私は、彼の思考形態に沿った質問を

投げかける様になっていたのです。

 

その瞬間を境に、文字通り嘘の様に、

私からの質問や、投げかけに対し、

彼から返事がすっとやってくる様になったのです。

 

 

その一瞬に、ふっと浮かんだのは、

 

どう聞けば、

この人からの意見を聴けるのだろうか?

 

ということでした。

 

 

後々に知ったのですが、

 

この発想というのか、方法は、

カウンセリングの実践の場でも

活用されているものと、とても

近しいことだったと聴く機会が

あったのです。

 

特に学んでいなくても、

自身がそういう発想をするということは、

その方面に適した資質があるということ

なのかもしれない、と、ようやく受け

容れることにしたのです。

 

それもあり、これからお届けする内容の素地として、

結果的カウンセリング要素も入っていくとは思って

いましたが、より自覚的にカウンセリングに対して

洗練、深化しつつ、プレ期間も充実を意図して臨みます。

 

 

この辺りをしっかりと記述するのは、

学生時代、進路を選ぶ際に、諦めや、

挫折感を何重にも味わったりしたからか、

喜びも深いからです。

 

また、当時の私にとって、進路決定する際、

意思を通すには、人自体や、反対意見への

耐性が激しく未熟だったことで悔やむ

経験も大きく位置を占めるものでした。

 

そのプロセスを経て、「ようやく!」

という感覚が強いのがよくわかります。

 

 

進路というテーマで書く機会には、

詳細も、昇華を兼ねて触れることにします。

 

 

 merci merci

 

   301024

 

 

 

 

創造性との再会(仮)を開設して

 

今日の日付に変わる頃、

 

いまのエネルギーで

 

キミノヒカリに、

新しいミチをつけるのが

いいかな、と、

 

急遽、専用のブログを

開設していました。

 

その時、

PCのデジタル表示に

 

123123と見えた気がして、

ええ??とみなおしたら、

 

1/23  01:23

 

でした。

 

今日はひふみ、

一二三、の日。

 

 

2018.01.23

 

もう嵐の様な

展開に、

 

これまで体験の無い、

徹底的なサレンダーの日

だったようです。

 

アートの側面、

retour・キミノヒカリ

 

とともに、

原点回帰を果たしたのは、

 

ブランク明けに、

カウンセリングの側面を

おさらいすることが、

さらに深化することになったこと。

 

 

 

コンテンツの

渋滞を緩和がされる様です。

 

 

祝福や、恵みは、

循環するものですが、

 

アウトプットは、

作品だけでなく、

 

ある方を通して、

 

もっとお伝えしていくこと

あるんじゃないですか、

という、うながしでした。。

 

 

(ここからは追記)

     ↓

 

まあ、

その流れはすでにあって、

今回動き始めていたので、

 

やぶさかでは

ありませんでした。正直。

 

そして、

これまでも、何度も

言われてきたことでもあります。

 

(追記、ここまで。)

 

 

 

 

謹んで

 

お受けしました、

 

よろしくお願い申し上げます。

 

 

merci

 

 

 

*retour・キミ ノ ヒカリ*のご案内。

 

 

昨日、記しました、

*retour・キミ ノ ヒカリ*。

   ↓

micotonote.hatenablog.com

 

 

 

準備期間にも発信、ならびに、

ライト版のセッションを

お届けするべく、

 

記事とご案内用に、専用ブログを

開設いたしました。

 

 

もし、

ご興味を持って頂けました際は、

 

真瑠璃の音庭と併せまして、

 

*retour・キミ ノ ヒカリ*blog

【創造性との再会(仮)】も、

 

よろしくお願い申し上げます*

 

 ↓

retour-kiminohikari.hatenablog.com

 

 

  merci × merci

 

 ヒフミの日の未明に*

 

   300123

 

 

 

 

【修正差し替え】原点回帰と想起 * retour・キミ ノ ヒカリ* :文学フリマ京都出店後記②

 
稀有な読者さまにスターを頂きながら
修正差し替えすることとなり;;;
申し訳ありません。
 
 
・・・・・
 
 
まずは、タイトルの原点について。
 
ひと昔、と、よばれるくらい前のことです。
(点時間でいうと、いまも同時にあって、
線時間でいうと、かなり遠い目になりますが。)
 
 
【彩言音*イロノコトネ】と題し、
お氣持ちでお届けしていたモノがあります。
 
その方のエネルギーを感じ、
音×うた×彩り×言ノ葉で響きあう
エナジーリーディングアートワークです。
 
 
当時はmixi時代(現在は退会)。
ご案内へ関心を示してくださった方々へ
何度か、お届けしていました。
 
 
なぜ、このコトを書いたかと言いますと、
 
昨日、文学フリ京都へ出展すると知り、
見にきてくれた友人Xに(ありがとう*)
 
それを思い起こす様なモノを
お届けしたからです。
 
 
昨日は、 
おそらく、かなり未知数の出展へ関心を持ち、
実際に来てくれた友人Xへの感謝として、
何かを表したいという衝動が起こりました。
 
ちょうどその日は、
絵の道具も揃っていましたし、
 
音は出せなかったけれど、
 
なんとなく、今の様子(エネルギー的に)を
描いてみようか、と、私は提案していたのです。
これはかなり珍しいことです。
  
中には、そういうことへ
無関心、あるいは、アレルギー反応を
示しかねない感じの方もいますし、
申し出ることも控えていました。
 
 
それを受け取った友人Xは、とても繊細で、
 感受性がかなり豊かな人。
 
そして、基本、冷静に一言ひとことを発する人、
として、私は認識しています。
 
その友人Xが、今回描きとった絵を観て、
色いろと感想を語ってくれました。
 
それを紹介しても大丈夫か?と確認しましたら、
共有用に、感想まで書いてくれました*
(下に貼り付けています。)
 
或る意味、友人のお墨付きとなった、
そのお届け。
 
 
 満を持し、
 
 
【彩言音*イロノコトネ】のカケラは、
 
エナジーリーディング ∞ アートワーク
retour イロドリ.コトノハ.オトウタ.タイワ
キミヒカリ
 
として、
生まれ変わっていた様です。
 
 
 
どうして、
 
満を持して、
 
とまで書いたか。
 
 
それは、昨年秋、超凝縮されて、
原点に立つ自身と再会し、
ともに協働する様な体験が
あったからです。
 
そして、自身にとっての転換が、
具体的に舵取られるタイミングでもあり、
 
この、キミノヒカリ、という言葉も、
 
その頃、すでに生まれていたのです。
 
その時お会いした何名かには、
お渡したお手製名刺があありまして、
もう嬉しくなって、先走り
ほぼ同じ内容を書き込んでいたのです。
 ↓
エナジーリーディングアートワーク
キミヒカリ
 
でもその時は、モニターを
お願いするまでには至らず、
またしてもお蔵入りかと
思っていたのです。
 
 
そんな中、昨日、友人Xに再会し、
眠りかけたものが、目を覚まし、
さらに、一晩明けても、その感覚が
しっかりと胸の奥真ん中にありました。
 
それもあって、長い長い
サイクルでしたが、
 
本当にここで始まったんだな、
という実感が湧いていました。
 
 
詳細は別の記事にして
 案内させていただきます*
 
 
 
+++++
 
 
 
まず、
 
昨日の友人Xへお届けした絵、言ノ葉と、
感想を共有いたします。
 
 
 
 ・・・・・
 
 感 想 :
 
 今の自分の状態を絵で言い当てられすぎ
 てびっくりしました!
 
 不確かだった部分を確認することがで
 き、後押ししてもらった感じです。
 
 mさんはこれをやって行くのが良いので
 はないかと思いました。
 
 また受けてみたいです。
 
 ありがとうございました!
 
 
 Xより
 
 
 
 ・・・・・
 
  
 f:id:micotonote:20180122152446j:image
 
   ↑
 
   彩 り
 
 
     音も出せる場なら、
  即興うたいおろしや、
  即興弾き語りが響き合います。
 
 
 言ノ葉
 
  ↓
 
f:id:micotonote:20180122152514j:image
 
 
 
 
+++++
 
 
安易に、誰かを言挙げする人でないこともあり、
信頼している友人Xです。
 
ただ、感想を聞きながら、
 
有料でも良いのでは?
ということまで言われながらも、
 
[自分の資質を仕事へ昇華]するという、
私が、最も心することでありながら、
最も自信を持ちにくかった部分でもあり、
確認を重ねていたのです。
 
「だから、かなりいいってこと」
 
と、その話の最後に言われた時、
 
 
これまでにないほどの
明晰感を持って、
 
自身の、或るパターンを
みせられたと思ったら、
 
それは、あっという間に
バラバラに飛び散って行きました。
 
 
そして、
 
今朝、本を頼んでくださった
Sさんへのお礼状を投函しながら、
 
 
自身の内なる確信が、
内外ともにちょこん、っと
子どもがおっちんする様な
鎮座をしていました。
 
 
あんなに怖かったことが、
 
次の瞬間、もう、まったく異なる
トコロにいるのです。
 
 
 
それを後押しする様に、
友人Xさんからも
心強い感想を受け取りました。。。
 
 
ちなみに、この時系列。
感覚的には、ほぼ同時です。
 
 
 
ここまで過ごしてきた日日。
取り組んだことをいちいち
書くことに馴染めず、
 
blogを書いても、どうしても
感覚的なことに終始し勝ちです。
 
ところが、今ようやく、
これまでの積み重ねに胸を張ってください。
 
と、
まっすぐに言葉が届いた感じがしました。
 
この辺りのことについては、また別の記事に
書くことにします。長くなりそうです^^;
 
 
 
 
ということで、
 
 
エナジーリーディング ∞ アートワーク
retour イロドリ.コトノハ.オトウタ.タイワ
キミヒカリ
 
 
必要な方へ届きます様に。
よろしくお願いします*
 
 
 
merci
 
300121-22
 
 
 

透りミチ。:文学フリマ京都出店後記①

 

 

昨日1/21。

 

何年振りかのイベント出展でした。

 

はじめて、文学系への参加です。

 

自身の表現手段のうち、

彩りと、言ノ葉にフォーカスし、

部門は、絵本・童話としました。

 

最近の自身の日日が、

絵本の様であり、

童話の様でもありましたので、

 

うた物語り『森と海のうた』の

インスピレーションアートに、

同じく、受け取った言ノ葉を添え、

ちいさなカード型の絵本にする予定でした。

(原画は、自由価格(お氣持ち)で配布)

 

ところが、イベント前日、その描きそろっていく

絵を白紙のページにのて、詩でも添えるつもりで

イメージしていると、要素としては詩なのだけど、

いったんキリがついてみると、ボリューム的には、

絵本の原文?短編の児童文学?と、定義しにくい

ものとなり、

 

ひとまず、絵と文を仮止めした。

なんちゃって本状態で、見本としました。

 

もしも、もしも、

ご興味を持ってくださった方には、

後日手製本して発送することにしたのです。

 

(当日の午前3時に最低限の推敲とプリントアウト終了。

 テープ綴じは、会場の席で作業仕上げると言うLIVE感。

 ここだけなんか違うね、と友人にも指摘されました。)

 

また、その場でも描いたり書いたりしてもいいな、と、

絵の道具も一式机に並べていました。

 

物語りをふっと受け取った時から浮かぶ『森と海のうた』

の音編を聴きながら原画を観てもらっても良いな、と、

PCまで机においていたので、友人Xの言う様に、

やはり、全体的な風景的に、

少々様子が異なっていたかもしれません。

 

まあ、ある意図をもっての参加でしたので、

私にはまったく問題ありませんでしたが^^

 

 

 

 

f:id:micotonote:20180122120808j:image

 

そして、蓋を開けて観ましたら、

 

稀有なおふたりが、

立ち寄ってくださりました。

 

お一人は、なんと京都開催なのに、

現住地エリアの方でした。

 

なんと、本をご注文頂きまして、

嘘の様な展開です◎

 

今日からまた再推敲し、

お届けいたします!

 

その方が、

まさに天使さんに見えました;;

 

 

もうお一人は、

 

まるでお賽銭の様に、

お氣持ちボックスヘ投げ銭くださり、

 

原画も旅立ちました。

 

f:id:micotonote:20180122123533j:image

 

原画が旅立つことの嬉しさとともに、

同時に色いろ思うところもありました。

 

↑ の絵から、

描くときの状況も変わり始めたから、

と言うこともあります。

 

ですので、お氣持ち配布と言う形は

すでに体験済みですし、

 

お金が関係することも、

いい加減に、私自身がupdateしてね、

と言うタイミングでした。

 

 

昨年末か今年頭にも書いた氣がします。

 

あらわれようとするものを掬い取り、

あらわしていくことには変わりありませんが。

 

観てもらうもの、読んでいただくもの、と

意識し、シフトする流れを感じたことに、

素直にあります。

 

その辺り、まずは、自身にとって、

心身ともに健康的な価格設定も必要、

と言うコトを改めて自覚する機会でした。

 

洗練の日日です◎

 

 

ありがとうございます*

 

長くなったので、

何回かに分けます。

 

 

 

  merci

 

  300121-22

 

 

 f:id:micotonote:20180122120819j:image

 

 

f:id:micotonote:20180122120846j:image