真瑠璃の音庭で星々とうたう

*星間吟遊詩人のうたと日日の記録*

初夢からのガイダンス

初夢についての由来や、詳細は、

他に譲るとします*

 

 

2日の朝に、2つの夢をメモしてみました。

 

これも、今までやったことがないけれど、試みたことです。

(普段の夢diaryはつけていたことはありましたが*)

 

 

 

1・魔法使いの少年、あるいは、能力の啓いた少年が、

  ある乗り物に、これまで得た情報や知識、叡智へ

  熟したものをストックし続けていました。

 

  でも、その乗り物に見えるものは、実際には動かない様子。

 

  そのストックされたモノには、この動かない乗り物を

  どう動かせばいいか、という情報もありました。

 

  少年の乗り物は、故障しているのか、あるいはモックアップなのか。

  それは、まだ判りません。

 

 

  どうやら、その乗り物(カタチ)へ生命を吹き込むことを

  今年はやっていく様です。或いは、孕む生命をあらわにしていくこと。

 

 (そして、いくら情報や知識を詰め込んでも、その乗り物が

  動かなければ、もったいないモノになってしまうということ。)

 

  その基本的なことを示している様でした。

 

 

 

  受け取ったもの、これから受け取るもの。

  どれも、これも、その瞬間から活かしていくこと。

  運用していくこと。

 

  これは何も新しいことではありません。

  それを、ただただ素直に、率直に、実践するということ。

  そのことを改めてお知らせされた様です。

 

 

  

2・ものごとを始める際、最初のイト詳細に観ること。

  質感のほんの微かな違いは、後々大きすぎる差異となります。

 

 

   自然に湧き上がることも大切にしながら、

 

  特に、「あ…これ、だ…」という

 あくまで微かな、それでいて静かなる瞬間に注目。

   余りに熱狂的なモノよりも、絶えず心身に響き渡る、静かながら

   確かな「これだ」に注意します。

 

 

  それさえ押さえれば、あとはどう展開しても、だいたい大丈夫の様です。

 

 

 どう展開してもだいたい大丈夫、と思えるかどうかは、

 エゴがある程度昇華されていることを踏まえてのことです。

 

 物事の実現に対して、あまりに詳細にな条件を決めすぎると、

 場合によっては執着となり、それ自体がストップすることもあります。

 

 大いなるイト、宇宙の運びを感じつつ、

 ここだ、を押さえることがバランスする様です。

 

 

  (この2つ目の夢も、同じ少年がテレパシーの様なもので

 伝えてくれていた感じです。

 

 ただ、1つ目の様に具体的なシンボルなどは一切なく、

 少年が目の前にいるだけで、なんとなく、いくつかの

 色の波が漂い、ながら、上に書いた様なことが

 ダウンロードされて来ました。)

  

 

 

   +++++

 

 

 夢の記録と、同時に浮かんだ解釈を覚え書きとして

 記しました。

 

 

 以上は、

 

 これまで私が、ただただ超感覚とともに先へ走りすぎた分、

 半ば強制的に、土台の補強として受け取った内容でしょう。

 

 

  大きな流れとして、私は外向きに働くことを先にせざるを得なかったのですが、

 それを突き詰めたことで、やはり、まず自身の【個】を確立することが必須で

 あると体験から思い当たりました。

 

 

 適材適所に位置した者同士が、それぞれ手を取り合う、という

 全体の調和には不可欠の【個】の確立です。

 

 それぞれ、心から思い切り素直に生きることが、

 ひいては、全体の調和となっていきます。

 

 健康的な会社組織では、

 それに近い機能が果たされているのですね。

 

 

 

 +++++

 

 

 

 感受性が強過ぎたり、幼い頃に余りにショックなことが大きすぎると、

 感覚的にヒライタ方でも、ここまで冷静に俯瞰の視点を持ちにくいことも

 あり得ます。いえ、ありがちでしょう。

 

 とはいえ、成長するに従い、様々な体験を通し、少しずつ落ち着きを

 観る様になれば、自身が何かの理由から拒否しない限り、自然と、

 内なるスペースも生まれるタイミングが訪れます。

 

 すると、自ずとこの【個】の確立へと運ばれることとなるでしょう。

 

 心にスペース(余裕の様な感覚)が生まれると、周りの配慮へ費やし

 てきた膨大なエネルギーを不思議と程よく調整され始め、氣付けば、

 自身のことを氣にかける余裕が生まれているのでは無いでしょうか?

 

 ある日ふと、

 なんだか生きやすくなってきたな、という感覚があったり、

 ・それまで拘っていたことがさほど氣にならなくなっていたり、

 ・許せる氣持ちがわいてきたり心身が軽くなった氣がする

 という風に思うことがあったら、

 

 その少し前に、なんらかのきっかけで、

 自身の器(スペースという余裕の感覚)が、

 広がっていたのかもしれません。

 

 

 自身の体験を振り返ると、感受性が強過ぎて、過敏すぎた為に、最低限、

 周りの景色が落ち着いていないと、耐えられませんでした。その為、

 自分のことは、ほぼオートマティックに後回し。即対象と同調することで、

 立ちそうな波を事前におさめ、ほっとしていたのです。

 

 ある時期まで、その連続だったと思います。

 

 といっても、いまだから、明確にわかるのですが。

 

 

 もともとヒーリング能力の一つとして、対象となる事象、人物と同調し、

 深い部分で繋がり作用することを本能的に知っていたためか、自覚することなく

 上記の様な対処を幼い頃からひとりでにしていた様です。

 

 もちろん、いいもわるいも、わからずにです。

 

 それもあってか、

 自身よりも、周囲の誰かが先に察知することもありました。

 

 「色いろとわかっているのに、わからないそぶりは、やめてください」

 と、指摘を受けたこともあります。

 

 当時はショックでした。

 

 でも、大きな方向性は同じくしても、それぞれの立ち位置もありますから、

 当然、形成するホログラムも異なります。私が私の立つ処にいて、知り得たもの、

 授かった叡智などは、また誰かに繋げる。それは基本中の基本です。

 

 無自覚に、ただ感覚のまま動いていた私に、その人を通して、

 ガイダンスが為されたのだ、と、今は判ります。

 

 その時に生まれた距離は、色いろな感情も伴いましたが、

 こうしてちゃんと観せてくれました。

 

 観る心があれば 必ず^^、この昇華は起こります。

 無自覚に起り、後で氣付くこともあります。

 

 

 初夢のメモから、ここまでのアラインメントが起こるとは、

 思いもしませんでした。

 

 

 *ふっと、灯った、最初の静かなる心の衝動とともに*

 

  

 深謝

 

 拝

 

 300102-03