真瑠璃の音庭で星々とうたう

*星間吟遊詩人のうたと日日の記録*

未視感と、未来との合一感。

 

このひと月で、

これまでとは異なる感じで、
ずいぶんとエネルギーが
蠢き、動き、先月が思い出せない
くらいです。

 

 

ますます線時間の感覚が

抜け落ちています。

 

 

それほど、刻々とやってくる未来との
合一感がぐんと強まったということかな?と、

 


今朝、

まだ変性意識状態で、この投稿を

書き始めながら

腑に落ちていきました。

 


あと。

 

発見としては、

 

この10年くらいで描いていた
[こうでありたい]というモノが、


意図していたものと、

まったく異なっていた、

とは言いませんが、

 

 

まず、やっておこうとしたことに、

ストレートに手をつけられずに

いたことがわかりました。

 

 

遠回りだったかもしれませんが、

 

いま、ようやく具体的に

そのあたりに取り組めるのだな、と、

今日は落とし込められ続けていました。

 

 

それは、四月から正式に就く

児童発達支援業務を補助する

スクールサポータという形で

叶っていた様です。

 

 

それに関して、

最近、ふと思い出したことがあります。

 

 

時期の詳細は曖昧なのですが、

 

おそらく、初めての就職が決まる前、

自立支援業務への思いがあったことです。

 

(資料まで取り寄せていたのですが、

それは、地元の山手にあります

施設での業務でした。)

 

当時は今ほど、両親にはっきりと

物申せるほどに強さを出していませんでしたので、

色いろあって、申し込みはしませんでした。

 

ですが、その後の音楽、植物、藝術を介した

自然療法方面の探求は、確実に、当時の衝動が

カタチを変えて動き始めていたシルシだったのだと

今ならわかります。

 

 

会社勤めも、結局は、

リストラで早期退職となりました。

 

また、結婚相手の義母が要介護の

高齢者であったこともあり、

結婚前からの大学編入も現実的では無く、

 

せめても、と、関西カウンセリング協会で

心理学を学び始めた様に思います。とはいえ、

あまりにも、古典的な内容で、当時の自身の

ニーズや感覚には窮屈すぎて、中断せざるを

得ませんでした。

 

もちろん、古典も大切でしょうが、

心理学者になることが目的では

ありませんでしたので。

 

 

ただ、確信を持つに至ったのは、

 

これまで、まずは体験を優先し、

感じ考え、取り組んできた一連の

様々なことが、

 

今、おどろくほどに、

すべてが繋がり活かされることです。

 


そこまで具体的な考えがあって

スクールヘルパーへ応募した

わけでもありません。

 

 

ただ、この数年で起こった、

大幅なリリースやサレンダー、で、

スペースを取り戻していたこともあったからか、

 

一時期の様に、あれこれ考える事もなく、

なんとなく家人におしえてもらった

市政だよりの募集にとびこめるだけの

素直さが蘇っていたからこそ、真白な

状態で応募できたのでしょう。

 

 

もっとも避けていた公立での

お仕事なのにです。

 

 

公立、私立、オルタナティブ

というハコに拘っていた頃の

心地を超えたいま、

 

 

どこにいても、この自身の

感覚で生きるだけ。

 

 

聴き、思ったことを共有する。

 

そんなシンプルな感覚は、

やはり、自身の素の立ち位置

なのでしょう。

 

 

 

教育の現場に空いた風穴が、氣付けば、
より大きく開かれていた、というヴィジョン
とともに、子ども達、少年少女達をマナザシ、
傾聴、代弁、通訳として橋渡しを介助の
際に少しでもお手伝い出来ればと思います。

 

 などと、

 

大それたことも、

いまは、いったん降ろす

ことができたんだな、と

実感しています。

 

 

 

エネルギーワークやカウンセリングは、
普段の暮らしの中でも、すでに勝手に

起こっていましたし、それはこれからも。

 

 


セッションルームでの業務から、
外へ飛び出したところで、Live感溢れる
関わりを、

 

魂は望んでいた、と、

ようやく受け止められた氣がします。

 

 

 ただ、

キミノヒカリ、の、Live版が、

核なるところにあるのは、

変わらないのだな、とも思うのです。

 

 

ここだから、ある。

 

から、

 

どこにだって、ある。

 

 

という質感で生きること。

 

 

それぞれの繊細さを

尊重できる世界。

 

 

 

とんでもない、

絵空事と笑われようが、

 

かまいません。

 

 

 

この理想は、

 

少しずつ、

実現しているのも

体験済みです。

 

 

まさか、というところで叶っていて、

もちろん、というところで叶っていなくて、

 

 

驚くことも、

ありました。

 

 

そんな時、

 

 

 

やっていることが、

 

一見、真逆なのに、

 

その精神やコアな部分は、

期せずして同じ様な質感

だったことを超感覚で

受け取り、感動したり。

 

 

見えない世界、見える世界を

再認識する様に、これまで

取り組んできた、一つひとつが、

(あまりに遠回り過ぎて思えましたが、)

 

じつは、なによりも

応援してくれていたの

かもしれない、

 

ふと

そう思えたのです。

 

 

またひとつ、

まるりっと、深呼吸できたことにも

氣がつけたのです。

 

 

春分明けの、

アキラメの蔭には、

 

そんな贈り物が

じっと待っていてくれました。

 

 

 

創造性のタネ。

という、生きるチカラ。

 

それに、マナザシ、

寄り添うこと。

 

 

いかにも、

ハザマに生きる私らしいではないか。

と、書きながら思えます。

 

 

retour・キミノヒカリ

re*mothering

 

学校編、始まります。

密やかに^^

 

 

 

宇宙由来のエッセンスと

地球由来のエッセンスの

ハザマに棲息する鼓動を

 

天界の奏でと、

名付けます。

 

 

そんな奏でとして

生きることを

 

 感謝と、よびます*

 

 

  merci merci

 

 

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